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グリム兄弟の恋愛観に迫る|童話に隠された愛のかたちとは?

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グリム兄弟。

その名前を聞いて、僕たちがまず思い浮かべるのは、色鮮やかな挿絵が添えられた楽しい童話集のことだろう。

言語学者としても偉大な足跡を残したヤーコプとヴィルヘルムの兄弟は、ドイツの言葉と魂を拾い集めた静かなる巨人だった。

しかし、彼らの人生を「愛」という補助線でなぞってみると、そこには教科書的な記述からは決して見えてこない、ひどく不器用で、それでいて純度の高い情熱が浮かび上がってくる。

本稿では、二人の生い立ちから晩年に至るまでの歩みを丁寧に振り返りつつ、彼らが生涯を通じて守り抜いた、独創的な恋愛観を紐解いていきたい。

インクと埃の匂いに包まれた歴史の書架を整理するように、教科書には載らない彼らの人間らしい素顔に触れてもらえたら嬉しい。


静かな森に守られて

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ハナウの静寂の中で

1785年の初冬、ドイツ中部の町ハナウで、ヤーコプ・グリムは静かにこの世界に迎え入れられた。その翌年、まるで兄の背中を追うようにして、弟のヴィルヘルムが生まれる。兄弟は最初から、並んで歩くことを運命づけられていたのかもしれない。

父親は有能な法律家で、収入も安定しており、家庭は当時としてはかなり恵まれた部類に入っていた。母親は教養ある女性で、家庭を支えながら、子どもたちの生活と教育を静かに整える役割を担っていた。

当時のドイツは、まだ一つの国家というより、色とりどりの布切れを縫い合わせたような領邦の集合体だったが、少なくともこの家の中では、世界は秩序正しく保たれていた。

書斎に並ぶ分厚い法学書の背表紙、母親が焼く黒パンの匂い、その合間に聞こえる穏やかな声、そして窓の向こうに広がる、底知れぬほど深い森。そのすべてが、幼い兄弟にとっては、疑う余地のない現実だった。

父の他界と、閉じた兄弟世界

しかしその世界は、彼らが十代の入り口に立った頃、あまりにも唐突に音を失う。

父親の急死。

それは単なる別れではなく、生活の重心そのものが崩れ落ちる出来事だった。これまでの家庭の安定は、父がそこにいるあいだだけ成立する種類のものだったのだ。

彼が去った瞬間、収入は音もなく消え、当時の社会は家族を引き受けてはくれない。昨日までの生活は、そのままでは維持できず、借金というかたちで現実が姿を現した。

11歳のヤーコプと10歳のヴィルヘルムは、年齢に不釣り合いな責任を引き受け、叔母の援助でカッセルの寄宿学校へ送られる。だがそこは、学問よりも先に貧しさが人を測る場所だった。

身なりの違いは隠しようがなく、兄弟は自然と二人だけで過ごすようになる。

同じベッドで眠り、同じパンを分け合い、同じ古い辞書をめくる日々。外の世界が冷たければ冷たいほど、彼らは内側へと閉じこもり、言葉と沈黙だけで通じ合う関係を深めていった。後年ヴィルヘルムが二人の関係を

「一つの魂を二つの体に分けたようだった」

と記した言葉は、誇張というより、静かな実感に近い。

思春期という、本来なら異性へと意識が向かう季節に、彼らが向き合っていたのは、女性の体温ではなく、死んだ言語の構造だった。

ただ、誰にも侵されない兄弟だけの論理と親密さが、並の恋愛よりも強固な結びつきを生んでいた可能性は否定できない。

感情を硬く封じ込めるヤーコプと、病弱な身体を抱えつつ感性を研ぎ澄ませるヴィルヘルム。

この非対称な二人の均衡の中で、愛はまだ外へ向かわず、兄弟という小さな宇宙の中心に、静かに留まっていた。


図書館で見つけた、誰のものでもない熱

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法律の書棚から、古い恋歌へ

18歳になったヤーコプは、マールブルク大学へと進学する。その一年後、ヴィルヘルムも兄を追って同じ大学に入った。

専攻は、亡き父と同じ法学だ。

それは生活を立て直すために残された、ほとんど唯一の選択肢だった。しかし、彼らの心に、六法全書の中の乾いた言葉は馴染まなかった。

転機となったのは、法学者フリードリヒ・カール・フォン・サヴィニーとの出会いである。
サヴィニーは、法を制度としてではなく、歴史の積層として読む人物だった。彼の講義は、現在の規則の背後に、かつて生きた人々の思考や感情が眠っていることを示していた。その視点は、兄弟の関心を、未来の職業から、過去の言葉へと静かに引き寄せていった。

同じ影響を受けながら、二人の反応は異なっていたから面白い。

ヤーコプは、言葉を秩序立て、体系として把握しようとした。一方ヴィルヘルムは、言葉の響きや余韻に敏感に反応し、そこに人の気配を感じ取っていた。

サヴィニーの私設図書館で触れた中世の詩や恋歌は、二人にとって「愛そのもの」ではなかったが、感情がどのように言葉へと封じ込められてきたかを知る、格好の素材だった。

愛は生きるものというより、読み取られるもの――その距離感が、この頃から、彼らの中で定まっていく。


物語の輪に迎え入れられた女性

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昔話から始まった、長い恋

カッセルに戻った兄弟は、大学で中世の言語や物語に触れるうち、書物の中ではなく、人々の口に残る言葉に関心を向けるようになり、民話の収集を本格化させる。

その過程で親しくなったのが、近隣に住む薬屋ヴィルト家の娘であるドロテア・ヴィルト――愛称ドルヒェンだった。
薬屋を営むその家は裕福で、客の出入りも多く、どこか町の情報が集まる場所でもあった。

出会った当時の彼女は、まだ十代前半の少女だったが、昔話を語るのが好きで、それを驚くほど生き生きと語ることができた。特別な訓練を受けたわけでもない。ただ、幼い頃から聞き覚えた話を、自分の言葉として自然に再現できたのだ。

彼女の口から語られる「赤ずきん」や「ヘンゼルとグレーテル」の原型を、ヴィルヘルムは夢中でノートに書き留めた。
それは、すでに整えられた物語ではなく、語るたびに細部が揺れ動く、生身の昔話だった。恐怖と残酷さ、そしてかすかな救いが、まだ分離されていない状態でそこにあった。

当初、ドルヒェンはヴィルヘルムにとって「重要な語り手」であり、「貴重な協力者」だったが、年月が流れるにつれ、その関係はゆっくりと変質していく。

少女は成長し、聡明で物静かな女性になった。ヴィルヘルムは、彼女が語る言葉の内容だけでなく、その声の抑揚や、話の合間に生まれる沈黙にまで耳を澄ますようになる。

物語は、次第に紙の上だけでなく、彼自身の生活の中に入り込んでいった。

不思議な三角関係

出会いから20年近い年月が経った頃、39歳になったヴィルヘルムとドルヒェンは結婚する。

だが、その新生活は、一般的な夫婦像とは大きく異なっていた。新居には、当然のように兄ヤーコプの部屋が用意されていたからだ。

グリム兄弟は、それまで長年にわたり、生活と仕事を完全に共有してきた。結婚は、その結びつきを断ち切る出来事ではなく、むしろ構造を少しだけ変える出来事だった。

三人は同じ家で暮らし、食卓を囲み、仕事の時間を分け合った。
ヤーコプは弟の結婚を妨げなかったし、ドルヒェンもまた、兄弟の関係性を理解した上で、その内部に身を置いた。

この同居生活は、外から見れば奇妙に映ったかもしれない。だが彼らにとっては、ごく自然な選択だった。

ヴィルヘルムの生活には安定がもたらされ、ヤーコプの学問は静かな持続性を得る。ドルヒェンは、その中心で、二人の間に流れる時間を調律する存在となった。

この三人の関係は、一般的な恋愛の定義からは大きく外れている。
だが、その歪な円こそが、グリム兄弟の仕事と人生を、最後まで支え続けた「愛のかたち」だったのかもしれない。


動き続ける言葉、ほどけない関係

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追放と流浪――七人目の教授として

52歳のとき、兄ヤーコプは「ゴッティンゲン七教授事件」の渦中に立たされた。国王による憲法停止に抗議した七人の教授の中で、彼は中心的な存在だったからだ。

それは政治的な闘争というより、言葉に対する誠実さの問題だった。
一度約束されたものが、権力によって一方的に踏みにじられるなら、沈黙することはできない――それが、彼の揺るぎない倫理だった。

職と居場所を失い、追放される兄を前にして、弟ヴィルヘルムは留まる道を選ばなかった。彼とドルヒェン、そして幼い子どもたちは、ヤーコプとともに、再び定まらぬ生活へと身を投じていく。

この流浪の時期、家族の結びつきは試されるどころか、むしろ静かに強度を増していった。

生涯独身を貫いたヤーコプは、甥や姪を自分の生活の延長にある存在として迎え入れ、学問の合間に言葉を教え、本を手渡し、ときに厳しく、ときに驚くほど柔らかく接した。

住まいを失っても、肩書きを失っても、彼らは「グリム兄弟」であることをやめなかった。
その円の内側には、変わらずドルヒェンが守る日常があり、そしてヤーコプが実の子のように見つめる、小さな命たちの気配があった。

終わらない仕事と、変わらない円

放浪生活が数年続いた後、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム四世の招聘により、兄弟たちはベルリンへと招かれた。二人はようやく公的な地位と安定した生活を取り戻すことになる。

ベルリンで兄弟に託されたのは、『ドイツ語辞典』の編纂という、国家規模の知的事業だった。
それは単なる語彙集ではなく、言葉の起源、意味の変遷、用例の積み重ねを通して、ドイツ語そのものの歴史を記述する試みだった。
完成までに数十年を要することは最初から分かっていた。それでも二人は、その仕事を引き受けた。

ヤーコプは、相変わらず研究の最前線に身を置き、語源や文献に深く潜り続けた。
ヴィルヘルムは、体調を気遣いながらも執筆を続け、文章を整え、全体を読みやすくする役割を担った。
若い頃と同じく、兄弟は対等な共同作業者として机を並べていたのだ。

学術書から童話へ

兄弟が二十代後半に刊行された『グリム童話集』初版は、のちに世界的な古典となる書物の、あまりにも静かな出発点だった。

それは当初、子どものための読み物ではなく、あくまで「伝承の記録」として世に出されたものである。学術的すぎる、残酷すぎる、物語として洗練されていない──評判は決して好意的とは言えなかった。

だが兄弟は、この反応を失敗とは捉えなかった。
むしろ、物語が生きていくために、何が必要なのかを考え始める契機となった。

その後、童話集は約四十年にわたって改訂が重ねられ、最終的に第七版にまで至る。
この長い改定の過程には、兄弟それぞれの明確な役割分担があった。

ヤーコプは、物語の構造やモチーフ、言葉の古層に強い関心を持ち、伝承としての骨格を守ろうとした。改変によって本来の姿が損なわれることには、当初、少なからず抵抗もあったという。
一方ヴィルヘルムは、語り口やリズム、感情の流れに敏感で、物語が「読まれ、語られるもの」へと変わっていくことを厭わなかった。

こうして兄弟は、ときに意見を違えながらも、一つの物語を何度も書き直していく。

赤ずきんは簡潔で強度のある物語へと磨かれ、ヘンゼルとグレーテルは象徴性を深め、白雪姫や眠れる森の美女は、恐ろしさと美しさを併せ持つかたちへと定着していった。

それらはもはや、単なる民話の採集記録ではない。
兄弟の手を経て、時代や土地を越えて語り継がれる「ドイツの物語」へと変貌していったのである。

そして現代、その物語が子どもたちの手に渡り、家庭の中で、夜の語りとして生き続けるようになったことは、もはや言うまでもない。


未完の言葉たち

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物語の結末

晩年のヴィルヘルムは、若い頃からの病弱さをそのまま抱えて生きていた。
胸の病は次第に重くなり、体力は確実に衰えていったが、それでも彼は机を離れなかった。

ドイツ語辞典の編纂も、童話集の改訂も日々の呼吸のようなものであり、生活そのものだった。

そして1859年、59歳のヴィルヘルムは静かにこの世を去る。
長い時間をかけて、灯が少しずつ弱まっていくような最期だったという。

周囲にとっては、一人の優れた学者の死だったかもしれない。
だがヤーコプにとって、それは生涯を並んで歩いてきた存在――「もう一人の自分」を失うことにほかならなかった。

「僕の半分は、彼と共に墓に入った。あとの半分は、この辞書を完成させるために、もう少しだけここに留まらなければならない」

ヤーコプはそう言って、再びペンを握った。
終わりの見えないドイツ語辞典の仕事は、彼にとって生きる理由そのものだった。語源を掘り、用例を集め、言葉の来歴を記すその営みは、弟と過ごした時間の延長でもあったのだろう。

78歳になったヤーコプもまた穏やかに世を去る。
老衰に近い、静かな最期だった。

ヤーコプの遺体は、ベルリンの墓地で、愛する弟ヴィルヘルムの隣に葬られた。そしてその傍らには、数年後に旅立ったドルヒェンも眠っている。死してなお、彼らはあの三角形を崩すことなく、寄り添い合っているのだ。

彼らが着手したドイツ語辞典は、数々の学者たちの手に引き継がれ、ヤーコプの死からおよそ100年後に完成を迎える。
それは一人の仕事ではなく、言葉に人生を捧げた人々の長い連なりだった。

グリム兄弟の恋愛観とは?

ヤーコプとヴィルヘルム、そしてドルヒェン。
彼らが生きた関係は、一般的な「一対一の恋愛」という枠には、はじめから収まらなかった。

彼らにとって愛とは、誰かを独占することではなく、生活や時間、言葉そのものを分かち合うことだった。物語を語り、書き、読み返す日々のなかで、三人は同じ空気を吸い、同じ世界を見つめながら、一つの生を築いていった。

ヤーコプが生涯独身を貫いたことは、欠落ではなく選択だったのだろう。
彼は、弟とその妻を自分の人生の内側に迎え入れることで、外に新たな愛を求める必要のないほど満ちた関係の中に生きていた。そのあり方は閉じた円でもあり、同時に、誰よりも深く他者を受け入れる形でもあったのだ。

もしかすると三人は今も天国で肩を並べ、言葉を選びながら童話を紡いでいるのかもしれない。

ページの先には、これまで誰も読んだことのない、少し不思議で、どこか懐かしいおとぎ話が、静かに生まれ続けている——そんな想像をせずにはいられない。


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本記事は史実に基づいて構成されていますが、一部に著者の創作・想像表現が含まれます。
歴史の行間にある人間らしさも、どうぞ「物語」としてお楽しみください。

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